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『生物学的文明論』本川達雄

『生物学的文明論』本川達雄
以前のエントリhttp://lazy-portfolio.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/40-b7a7.htmlの続きです。

なつかしい『ゾウの時間ネズミの時間』を思い出す。学生時代に読んだなぁ~! 
生物は柔らかい
p127うわべは柔軟で、芯は硬いというのが、生物のやり方です。ところが人工物はそうではない
p139 長さ1億倍、重さ1兆倍の10億倍:生物のサイズを比べて
生物はアロメトリー、正比例ではない
p160 10トンの草の山、体重500kの牛2頭にたべさせる。14ヶ月かかって食べきって、その時の体重の増加は2頭あわせて200kg
     体重2kgのうさぎ500羽に食べさせても、同じ200kgの増加、ただし、3ヶ月しかからない。
体重1gのイナゴ100万匹に食べさせる。9ヶ月かかって食べつくし、その時には200万匹 2000kgになっている。
恒温動物よりは変温動物を、大きい動物よりは小さい動物を食べたほうが効率がいい。
こんなところに、飢餓・食糧不足に対する解決策があったなんて!私もなるべく肉を食べずにイナゴを、いやむしろ野菜を食べたいと思います。
p197エネルギーを使えば使うほど、社会と体の時間のギャップは大きくなり、私たちはより不幸になるのだ。だから幸せになりたかったら省エネするしかない!
このあたりは『バカの壁』で養老氏が述べられていたことと同様かと思われます。
p204ヒトの寿命と人間の寿命
心臓が15億回打つと、ゾウもネズミもみんな死ぬ。ヒトでは15億回打っても41歳
人生半ばのように感じるが、これは最近のことらしい。
縄文人の寿命は31歳 幼児の死亡率がものすごく高いので、それは覗いて、生殖年齢に達したもの、つまり、15歳より長生きした人の平均をとる。それでも寿命は31歳江戸時代で40歳代、昭和22年にいたっても、まだ50歳
縄文時代に60歳より長生きしたヒトは、100人に1人、室町時代でも10人に1人程度
p206野生においては、食物を始めとする資源は限られていますから、生殖活動に参加できなくなったものが生き残ると、自分の子供と資源を奪い合うことになる。
p207 60年代までは子どもが死ななくなった。 70年代以降は老人が死ななくなった。
う~ん、なるほど残り時間をどのように使うかを考えなきゃいけないですね。もちろん、社会をよりよくするために、人の役に立てるようにと考えていますが・・・
p216消費とはお金でエネルギーを買って、そのエネルギーを使って時間を生み出している。
消費も悪いことではない気がします。要は使い方。
p219老人は子育てを支援し、若者が子どもを作りたくなる環境を整備する。年金があるのだから、利益を抜きにして世のために働くべき
次世代のために働き、次世代の足を引っ張らないという姿勢をずっと持ち続けていけば
後ろめたさの少ない老後を過ごせるのではないかと思うのです。
p221 美味いものを食い精力をつけ、格好をつけて良い子を生みそうな相手を惚れさせ、いい家に住んで安全に子を育てながら良い学校に行かせて自分の子孫の繁栄を図る。これらの全ては、利己的遺伝子の欲求です。
p244世の中には自分にとって都合のよいものばかりが存在するわけではありません。
おっしゃるとおりですね。本当に生物関連の研究をやられている方はこのような視点を持つことが多いようです。やはり、自分だけの尺度で考えてはいけないのでしょうねぇ~。勉強になります。ありがとうございました。m(_ _)m

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